厳しい目で成果物の欠陥を見付け出すことから、制作者を批判する姿勢に陥らないことが重要になってきます。実際問題として、これがウォークスルーが続かなくなったり、効果を出さない大きな理由の一つなのです。
個人個人、みな能力も現在のスキル・レベルも違います。たとえ優れた人も、回りの人の力を借りなければ何事も進みません。大事なことは、知識やスキルを回りに広げて、チームや組織のレベルを引き上げることであり、それを日常の行動の中で実現するための取り組みを組み込むことです。
事前に配布されるということは、当然、事前に目を通すということです。簡単なようですがこれも意外と守られていません。そしてそのことが、ウォークスルーが実効を上げない原因ともなっているのです。
人は、その場で“説明”されると、納得してしまうものです。説明を聞いている間は、どうしても「言語解釈」に脳の働きが片寄ってしまい、自分のペースで考えることが難しくなります。「考える」ということは「自分に語りかける」ことである以上、説明されている状況では、脳の中は衝突状態になり、脳の働きの制約上、「思考」が働くことはほとんど殆ど叶わないことなのです。当然、欠陥を見落とすことになります。
もう一つ厄介なことは、このようにその場で配布され説明を受けた場合、ウォークスルーが終わって席に戻った後で読み返されることは殆どないということです。せめて後で読み返してくれれば、ウォークスルーの場で見落とした欠陥も発見されることもあると思われるのですが、事前に配布されない「文化」をもつ開発組織では、ウォークスルーが終わればそのまま机の端に積み上げられるのが“おち”です。
これではウォークスルーそのものが、コストの割に効果が上がらず、殆ど無駄な行為になってしまいます。実際問題として、ウォークスルーが上手く実施できるには、プロセス・レベルが2以上であることが求められるでしょう。
これは事前に配布することと表裏の関係にあります。ただ、配布は直ぐにでも出来るのに対して、内容の精度を高めるのは、ある程度継続して意識しなければ実現しません。そしてこれが実現しなければ、事前の配布も効果を発揮しないのです。
成果物の内容の精度を高めるには、“読みにくさ”という成果物の「品質」の面からも指摘される必要があります。読み手がこれを我慢していては、何時まで経っても精度の高い成果物が書けません。
分かりにくければ“この部分が分かりにくい”“こういう書き方の方が良いのでは?”と遠慮なく指摘することです。もちろんこの種の指摘には、“欠陥”と言えないものも含まれ、制作者の判断に委ねる部分もありますが、制作者は、出来るだけメンバーに分かりやすいものを書く「義務」があるという姿勢で望むことが重要です。ドキュメントは、「読まれてこそ価値」があるのです
実は、これもウォークスルーをうまく進める為には重要なポイントなのです。50ページや100ページの成果物を、1回でウォークスルーすることはとても困難なことで、どうしても、チェックが甘くなってしまいます。その前にやる気がしないかも知れません。
問題はどうやって成果物を小さくするかです。1時間程度で終わらせようとすれば、10ページ程度に抑えることが望ましいのですが、かと言って単にページを区切ってウォークスルーの場に出したり、小さくするために内容を省略するわけには行きません。
先のヨードンの文献には、具体的にどのようにして小さな単位にするかは指摘されていませんが、ポイントととして“部分にならないこと”と指摘されています。
そこで、「部分」にならず且つ小さな単位にするには、ドキュメントを“階層化”することが重要になります。階層の中で、それぞれに上位に位置するものが、下位に位置するものの「概要」あるは「全体的説明」に相当するように、設計書だけでなく「ドキュメント全体」をも階層化することです。しかも、「ドキュメント全体」については、プロジェクトの早い段階でその構成(ドキュメント体系なるもの)を明らかにしておくことです。
これはウォークスルーに於いて、とても重要なポイントです。残念ながら、このことは多くの現場では見落とされているようですが、ヨードン
の「ソフトウェアの構造化ウォークスルー」という本の中では、このことは明記されています。見落とされている理由は、ヨードンの指摘の意味が理解できないのかもしれません。ヨードンはその理由や効果までは書いていませんから。
通常、“欠陥”と指摘されれば訂正するしかありませんが、別の方法の提案などのように、そこに“選択”の余地があるような場合は、その採否は担当者が決めることになります。決して「全員」で決めてはならないのです。そして、チームはそれを支援しなければなりません。
ウォークスルーは、メンバーのスキルを上げるという教育効果が期待出来るのですが、それも、担当者に「決める」という場を与えてこそ効果を発揮するのです。したがってウォークスルーの場で“皆で”決めるようなことは絶対に避けてください。
このような「ウォークスルーの精神」をメンバー全員が理解していることが成功の秘訣です。もはや、一人で何かが出来る時代ではありません。ジャック・ウェルチの言う「バウンダリレス」とは、組織の壁を破ることなのですが、それはとりも直さず、個人のなかにある「壁」を取り除くことに他なりません。
組織間の「壁」が成立しているような状況では、実はその「壁」を支えているのは、その組織を構成する人達の心の中の「壁」なのです。一人ひとりが「Individual」な状態になってしまえば、もはやウォークスルーは実施できません。