“遅いことは「罪」”の感覚


「遅いということは、時には罪ですらある」 ― これは私の持論の一つです。
勿論、「遅い」といっても仕事そのものが遅いということではありません。「判断」が遅いということです。
仕事自体のスピードの差は、始めから分かっていることでもあり、それを前提に分担が考えられているはずです。それにキーを叩くスピードが10倍も差がつくことは、まずないでしょう。

もっとも、期間中の「生産性」となると、10倍ぐらいの差は、それほど珍しいことではありません。そしてそのような差がつくのも、その中には「判断」のスピード差、あるいは、早く判断できるような作業の段取りの組み方の差があることは確かです。

つまり、判断やそのための段取りが遅れたことで、多くの場合「暫定的な作業」でその場をしのぐことになります。また、一般に「遅い」というときには「選択肢」がないことが多く、決定を“先送り”にするしかないこともあります。この結果、殆ど全てがリワークとなって、後でやり直すことになるのです。

それに対して判断が早ければ、若干のミスがあっても、まだ選択肢が残されていることが多く、ミスを取り返す方法があるものです。残された時間と選択肢は表裏一体なのです。

西暦2000年の問題は少なくとも、8年前には分かっていた問題です。しかしながら、それに対する取り組みの判断が遅いために、ここに来てソフト業界が走り回っている状態です。その結果、再び、レベルの低い人が、この業界に入ってくることになり、業界の根本問題の解決を5年以上遅らせることになるでしょう。

我々の仕事―則ちソフトウェア開発以外にも、「判断」の遅れが致命的な結果をもたらしたという事例は、幾らでも拾い集めることは出来ます。

2年前の阪神大地震 ― 発生の危険を早く知らせることが出来たかどうかという点は置くとしても、事後処理の遅れが世界を唖然とさせました。自衛隊の出動判断、道路の確保、ヘリによる消化の可能性の判断、救助犬の受入判断、仮設住宅の判断、再建時の政策判断等々。行動の判断そのものの遅れだけでなく、何が分かれば判断できるかというその「項目」を洗いだす行為の遅れも目だったものです。

最近の日本海のタンカー座礁事故も、事故発生後の判断が全て「直列」に行なわれているため、被害がとんでもないぐらいに広がってしまった。ニュースを見ていても、事あるごとに「出来ない状況」に遭遇し、その時点で対処方法の検討に入るという姿勢が目に付きます。

ペルーの大使公邸人質事件も、ヨーロッパのインターネット上で今回の事件が起きる危険性が指摘されていたという情報もあります。勿論、どこで行動が起こされるのかというところまでは特定されていないようですが、そのような情報の収集の判断が為されていなかったのかも知れません。

この他、先の「住専」に代表される銀行の不良債権問題や、旧国鉄の債務処理問題なども、「判断」を先送りにし続けた結果、傷口を広げてしったものです。薬害エイズ問題も、同じ類のものと言えるでしょう。

「日本の行政改革や規制緩和のペースはとても遅く、世界のスピードについていけない」 ― これは昨年11月に策定されたホワイトハウスの新アジア政策の中に盛り込まれた表現です。またシェル・グループの2020年に向けての報告の中に、「高齢化と少子化の加速する国が、改革競争の最後尾にいることは危機的状態」という表現が見られます。

これらは全て「遅さ」が問題になっているのです。やらなければならないことは分かっているのに、行動を起こすための「判断」がどこにも存在しないのです。

こうなると、「遅い」ということは「罪」以外の何物でもなくなります。

これに対して、一つの企業の中の、さらに一つのプロジェクトの中での「判断」の遅れは、「罪」という程のことに至ることは殆どないでしょうが、それでも、その結果として余計なリソース(人、時間、費用・・・)を浪費してしまうでしょう。

そうして、顧客を失い、市場を失い、そこにいる人たちの絆を失うでしょうし、見方によっては、そこに居る多くの人(エンジニアも含めて)の幸福の機会を失うことにもなりかねません。

早く判断し、早く行動を開始することが必要なのです。「慎重に・・・」という言葉は、もっともらしく聞こえることがありますが、時には判断に必要な条件やそれを集める手立てなどを考える能力のなさを隠すことに使われることがあります。そして、その方が多いのです。

「慎重に・・・」という姿勢は、もうちょっと確かな情報を集めてみるということでもあり、判断の行為が早いときには有効ですが、既に判断が遅れているときには使えません。しかしながら、現実には、判断が遅いときに限って、つまり、判断に必要な材料が手に入っていないからこそ、「慎重に・・・」という言葉が出てくるのです。これではもう、この業界では対応がつかないでしょう。

事後処理の方は多くの人たちの目にとまり、華やかさがあるのですが、それに対して、早く判断が為されて、事前に対応されている場合は、殆ど目に付くことはないかもしれません。でも、こちらの方を高く評価すべきであることは言うまでもありません。

ソフトウェア開発においても、事後処理の必要をなくすために、早急にプロセス・レベルの改善に取り組むという「判断」が求められているのですが、多くの組織では、その判断に必要な情報の収集を怠っているようです。


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