間違った「CS(customer satisfaction)」の考え方

CS(Customer Satisfaction)が叫ばれて久しい。この言葉が世に送りだされたとき、ある立場の人にとって、わが意を得たりとばかりに「シーエス」「シーエス」と声高に叫んでいた。まるでビジネスの極意が「シーエス」にあるかのように。
だが、この「シーエス」に対する姿勢に、疑問を感じることがあります。

◆ お客様は神様か? ◆


「お客様は神様です」とは、有名な歌手の台詞だが、これが多くの日本人に共感を呼んだのは、多くの日本人の心の中にこのような気持ちがあるからでしょう。そして「シーエス」が、何の抵抗もなく受け入れられたのも、その背後には「お客様は神様です」という考え方があるからでしょう。したがって、お客様の要望に応えることがビジネスだということになります。

もちろん、ビジネスは「お客様の要望に応える」ことにあるのですが、問題は、何でも言うことを聞くべきかどうかです。
「このような所に使えるものはありませんか」と持ちかけられて、何とかそれを実現しようとするのは、基本的な姿勢としては間違っていません。成る程、その様な製品があれば、もっと顧客の作業効率はよくなるだろうと思えるものもあるでしょう。そういうものは何とか実現してあげる事ができればいいと思います。

◆ パッケージソフトが普及しなかった理由は? ◆


わが国では事務処理のパッケージソフトの普及が捗りませんでした。その理由の一つに、現在、自社で使用しているものと出力される帳票類の様式が違うとか、入力伝票の行数の違いといったことが上げられます。今までの作業のやり方に、ソフトの方を合わせようというのです。そのため、本来は「既製品」のソフトのはずが、手直しの必要な「イージーオーダー」になってしまうのです。当然コストは高く付きます。

各種の伝票類にしても、わが国は「既製品を使わずに、自前」のものを作りたがる傾向があるようです。これらも全て、コストアップの要因となります。

おそらく、関係者は「必要なコスト」と言うことでしょう。また、実際問題として、「既製品」の種類も貧弱で、これでは「注文」するしかないかもしれません。でもこのような状態は、企業が「既製品」を使いたがらない結果として作りだされたものです。多くの企業が、もうちょっと豊富な既製品を要求したら、メーカーは作ってきたことでしょう。

そうなれば、もっと早く用紙も「Aサイズ」への統合が進んだかも知れません。「Bサイズ」と併存していることは、既製品メーカーにとっては負担以外の何物でもないのですから。
事務用品に限らず、ある企業向けに作られた製品も、競合する企業は同じものを使いたがりません。同じ業態の企業であるにも拘らず、そして、機能としては何ら問題はないにも拘らず、「自社向けモデル」の開発を要求してくることがあります。

このような発想の裏には、「コスト意識の欠如」があるように思われます。いわゆる「必要なコスト」という言葉で擦り抜けてしまうのです。

◆ 顧客のコスト高を支援? ◆


でも、本当に「必要なコスト」なのでしょうか。仕事のやり方や慣習をちょっと変えれば既製品が使えるのに、どうして「自前」にこだわるのでしょうか。実際に、そのような「独特のやり方」に何の意味もないことは、「アウトソーシング」によって証明されます。

今日、わが国でも経理、人事、総務の事務処理のアウトソーシングが普及?し始めてきました。窓口になる人を1、2名配置しておくだけで、実際の作業は外部の業者がやってくれます。もちろん相当なコストダウンが可能です。そして、このようなことが出来るということは、もともとそれらの作業は「既製品」的な作業であった証拠なのです。それをわざわざ「必要なコスト」とばかりに、余計な作業をしていたということになります。

営業が提示した商品やカタログに載っている商品に対して、自社で使えるようにするために“カストマイズ”を要求するということは、当然コストアップに繋がります。今までの作業の流れや、製品の仕組み、製造ラインの構成などを変えないでは、そのような既存の製品が使えない場合、そこには選択肢が2つあります。

一つは、自社の都合に合うようにカストマイズを要求することです。わが国ではこれが殆どかもしれません。もう一つの選択は、既製品が使えるように自社のやり方を変えることです。

今日では、事務系の人たちにも一人1台のパソコンが机の上に乗っていることでしょう。でも、それも今までの作業のやり方の中に、パソコンをはめ込んでいるために、実際には作業の効率や作業の品質などは殆ど変わっていないのです。ただ単に鉛筆の代わりに机の1/3を占めているとしたら、実に馬鹿げた話です。

パソコンを一人1台割り当てることで、今までとは違った作業のやり方にならなければなりません。ソフトウェアの開発現場も、今までの開発作業のやり方の中にパソコンを取り込んだため、一向に生産性も品質も上がりません。

自社のやり方を変えずにカストマイズすることで、今までのやり方に対する「延命」を図っても、いずれ行き詰まるときが来ます。

顧客の要望が「本当に顧客にとってコストダウン」になるのなら、大いに応えるべく努力をすべきでしょうが、もし、その要求を受け入れても顧客のコスト体質を改善しないとすれば、それは協力すべきではないということになるのですが、ここに例の「シーエス」が顔をもたげ、「お客の要求」は絶対だと言うことになってしまうのです。挙句は、「客が求めることを実現することが何故悪い!」ということにもなりかねません。

もちろん、その要求が「標準」として通用するのなら、実現することに何の問題もありません。しかしながら、その要求が標準とはなり得ないとすれば、その要求を実現するには、それなりのコストが掛かります。そして恐らく顧客から徴収できるのは、掛かったコストの何割かでしょう。そして顧客は、相変わらず高コスト体質から抜けられないのです。

◆ 原価積み上げ主義が高コストを支援? ◆


実は、このような無駄なことを、あちこちでやっているのがわが国の実態ではないでしょうか。
その企業で掛かったコストはそのまま製品に転化するというのが、これまでのやり方です。いわゆる「原価主義」です。日本経済のコストが相対的に低く経済が右肩上りの時には、原価主義でコストを転化出来たでしょうが、今日のように日本のコストが高騰し、右肩上りの成長が止まった状況では、このような原価主義から脱却する必要があります。

世界は「この製品をいくらで販売するにはどうすればいいのか」というところに立っているのです。企業はもう一度、自らのコスト体質を見直す必要があるのです。製品の原価だけなく、企業全体のコストを見直し、付加価値を生み出す行為に焦点を絞る必要があります。

そのためには、既製品や標準品が使えるところは積極的に使っていく。さらに、そのような標準品を使えるようにするために、今までのやり方を変えることも視野に入れるべきでしょう。

顧客の要望が「原価主義」に基づいているのなら、「シーエス」の精神に基づいてその要望を実現することは、顧客の企業体質を弱めることに寄与?していることになりませんか。そしてそのことは、延いては日本経済の弱体化に繋がるのではありませんか。

それでもそのような顧客の要望を満たすというのは、「シーエス」を隠れ蓑にして目先の売り上げを上げたいという思いのほかに何があるでしょうか?

モトローラ社が1987年に開発した「6Σ(シックスシグマ)」というとんでもない品質改善の手法を、惜しげもなく納入業者や全米の主要製造業社に教えまくっているのは、その方がアメリカ経済全体が強くなり、その恩恵を長くそして広範囲に受けられるという計算からでしょう。

もし日本の企業がこの手法を開発していたら、果たして惜しげもなく教えまくったでしょうか。おそらくそのまま「企業秘密」となって門外不出の扱いとなることでしょう。

◆ 顧客の体質強化に寄与しよう ◆


「シーエス(Customer Satisfaction)」は重要な考え方です。だがそのために顧客のコスト体質を悪くしたり、逆にカストマイズする側も、売り上げを2割上げるために2割以上のコストを掛けていたのでは何にもなりません。どうすれば1割以下のコストアップ、いやコストアップ無しに2割の売り上げを上げることが出来るかを考えるべきです。

掛かったコストは製品に転化すればいいや(=原価主義)、という考えから早く抜けるべきです。そのカストマイズのために、何人のエンジニアが張り付かなくてはならないのかを考えるべきです。有能な、そして大事なエンジニアを、将来の為に使うことが出来ないとしたら、その企業にとって損失以外の何物でもありません。まさに目先の売り上げが、将来の可能性を蝕んでいることを認識すべきです。

関係者にそのような積もりはなくても、明日の展望を描けない状況では、“エンジニア”という人種は腐っていきます。そして心が腐れば、仕事も品質も低下していくのは避けられないことです。

自社の体質強化と顧客の体質強化は、同じベクトル上にあります。正しい意味の「CS」とは、顧客の(コスト等の)体質改善に寄与するものでなければなりません。それでこそ「喜ばれる(Satisfy)」ことになるのです。


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