Last Update : 2/15/97
別の項で、「マルチワークの勧め」というタイトルで、開発現場に於ける問題を指摘してありますが、ここでは、もう一つ別の観点からこの問題に触れることにします。
ご存知の方も居られるかも知れませんが、今日の日本の労働生産性は、米国の約半分に過ぎないと思われます。最近の統計は見えていないのですが、93年の統計で100対180ぐらいの差があったと記憶しています。
製造現場の労働生産性は比較的差が少ないことを考慮すると、非製造現場の労働生産性はアメリカの半分と見て差し支えないと思われます。しかも、この数字は93年ですから、アメリカのその後のリストラの進行、さらには企業業績に回復等を考えると、この差はもっと開いている可能性があります。
ソフトウェア開発は、言うまでもなく「非製造現場」に属します。日本でも、この数年は間接事務部門のリストラが進行している事を考えると、恐らくソフトウェア開発現場の生産性は、最悪の部類に入るものと思われます。
アメリカの企業が、好業績のなかで、このリストラの手を弛めないのかといえば、その理由の一つが、ドル高の中で、自分たちの「位置」を確保しようとすれば「生産性」を上げる以外に無いからです。
ドルを基軸通貨として流通させ続けるには、ドルを他の通貨に対して高い状態で維持しなければなりません。それはアメリカにとって、非常に都合がいいわけですが、それを支援するのは、企業の高い生産性です。
新通貨の“ユーロ”が21世紀に出現します。にもかかわらず、今のうちにもっと生産性を高めておく必要を感じないとすれば、アメリカにあっては経営者として失格でしょう。
労働生産性を上げるには、
1)付加価値の高い仕事をする
2)少ない人数でカバーする
ことになります。
1)の方は、その企業の取り扱っている品種にも影響を受けますが、それでも、仕事の仕方に関係する部分としては、
・製品の品質を高める(ロスを無くす)
・リワークを防ぐ(製造の品質を高める=作業ロスを無くす)
という点に対応の余地があります。
一方、2)のほうは、当然、一人の守備範囲、分担範囲を広げることになります。
・効果的なドキュメントを残して作業の手離れを良くする
・マルチ・ワークで一人で何役もこなす
ことが求められます。
“マルチ・ワーク”の中には、開発モジュールの分担を広げる、すなわち、今まで3人で分担していたものを、一人で担当するという方法もあれば、開発モジュールそのものを増やすのではなく、開発環境を整えるためのツールや標準を並行して積極的に開発していくという形のマルチ・ワークも考えられます。
特に重要なのは後者です。後者の役割をこなせる人がいないと、その組織の開発方法や体制を、市場の要請に沿ってダイナミックに変化させることは出来なくなります。その結果、開発の進め方が10年前と殆ど変わっていない、ということになります。生産性レースが既に始まっている今日では致命的です。
このような状態に陥らないためにも、「マルチ・ワーク」の必要性を正しく認識しなければなりません。何時までも「狭い分担」に安住していては、エンジニアとして命取りですし、そのようなエンジニアを沢山抱えてしまった開発組織や企業は、どう考えても生産性レースに参加すらできないでしょう。
狭い範囲に馴れた人たちにとっては、この要求は過酷に移るかも知れませんが、そのままでは、その向こうにもっと過酷な環境が待っていることに目を塞がないようにして下さい。