マネージャーと“リーダーシップ”

 日本の企業組織において、大きな間違いが一つあります。それは「マネージャー」の役割の問題です。マネージャーというのは、日本の組織名で言うと、一般には「課長」とか「部長」という名称で呼ばれています。つまり、課長になると「マネージャー」として認識されているわけです。そして問題は、課長に昇進すると「リーダー」を辞めてしまうことです。一般に「課長」になる前は「リーダー」をやっていますが、「課長」になることは「リーダー」を卒業するという捉え方をしているようで、たちどころに「管理者」を演じてしまう。

 そもそも「リーダーシップ」とは何かというと、少しでも高い木の上に登って、自分たちが進む道を見定めて、その方向にチームのメンバーを引っ張って行くことです。そのためリーダーには予測能力が求められます。“3年後、5年後にはこうなる”という予測、あるいは見通しが欠かせません。そのために普段から情報の収集が必要になるのです。

 「目」という字の付く「みる」という感じが幾つかあります。例えば「見」「看」「相」です。これらはそれぞれみな意味があります。「見」は「足」の上に付いている「目」で見るのです。つまり、立っている高さで見ることを意味します。「看」は「目」の上に「手」をかざして目を近付けて看るのです。これに対して「相」と言う字は、元々は「木」の上に「目」を書いていました。つまり、「目」を高い「木」の上にもっていって相るのです。ただ、これでは字としてのバランスが悪いので「相」のように「目」を「木」の横に下ろしたのです。だから日本では大臣のことを、蔵相とか首相というように「相」という字を使います。彼らは、それぞれの役割の中で遠くを見渡し、日本の進むべき方向を見定め、そこに向かって旗を振ることが求められているのです。したがって、「族議員」の代表に「相」は勤まらないのです。

 より遠くを見通すためには、より高い木に登る必要があります。少なくとも、周りの木よりも高い木に登る必要があります。それは、普段からどれだけ良質の情報を集めるかということでもあります。

 ●ソフトウェア開発の在り方がどのように変わっていくか?
 ●ソフトウェア・プロセスに関する研究の進捗状況は? 
 ●オブジェクト指向の分析・設計技法が、現在どのような状況にあって、近い将来はどのように変化していくか? 
 ●WWWソフトやグループウェアの機能や変化の方向とその速度は?
 ●あるいは、エンジニアとしての労働力の量と質の変化は?
 ●少子化や高齢化の問題がどのような影響を与えるか? 
 ●世界の中で日本の企業の置かれている位置は? 
 ●“グローバル”に対する世界の国や企業の動きは?
 ●今日の為替や株価は何を語っているか?

などなど、リーダーシップを発揮する為に普段から集めておかなければならない情報は沢山あります。これらの行為を怠っては、必要な時に必要な判断と行動が出来なくなります。

 リーダーシップは、いわゆるチーム・リーダーにだけ必要なのではありません。課長になって“リーダー”という文字が外れたからと言って卒業したわけではないのです。課長も部長も、そして社長にもリーダーシップは求められています。いや、その責務が重いほど高度なリーダーシップが求められているのです。それらの違いは、登るべき木の高さが違うようなものです。社長はそれだけ遠くを、そして広く見通さなければなりませんので、それだけ高い木に登る必要があります。にもかかわらず日常茶飯のなかに埋もれてしまっては、その役を果せません。部長や課長は、それよりももう少し細かなところまで見通す必要がありますので、その分、見通す範囲が狭くなることはやむを得ないかもしれません。もちろん、部長であっても、社長以上に見通す器量を持っている人もいますし、そのような人は、いずれ社長の役割を果すことになるでしょう。

 このように、いわゆる「マネージャー」と呼ばれる人たちであっても、その仕事の50%〜80%はリーダーシップが求められているのです。社長はその社員全員を然るべき方向に“リード”しなければなりません。部長はその統括する部員全員を、社長の示す方針の範囲で然るべき方向に“リード”しなければなりません。課長も、チームリーダーも同じです。もちろん、社長の収集する情報源に部下からの良質な情報も含まれていることは言うまでもありません。

 それでは「マネージメント」というのは一体どのような仕事なのか。それは簡単に言えばリーダーシップのフォローでもあります。マネージャーの役割は、リーダーシップの下で示された組織としての進む方向や取り組むべき課題、挑戦すべき関門、そしてそれを達成していくための方法やアイデアの提示、さらに、実際にそれらの取り組みがどのように進められているのか、方向がそれていないか、停滞していないかという“状況”の確認と、その状況に応じた適切な対応などです。

この内、何処までが“リーダーシップ”で、どこからが“マネージメント”かという点には、多くの意見があるでしょうが、それでも、ここにあげたように“リーダーシップ”と“マネージメント”を合わせた仕事が「マネージャー」の仕事であることに異論はないでしょう。

 もっとも、わが国では、マネージャーの仕事としては「後半」しか意識されていないかも知れません。そのような人にとっては、このような私の意見には違和感を感じるかもしれませんが、それなら、そのような組織にあって、一体「前半」の部分は誰が担当しているのでしょうか。残念がら、わが国では、社長の立場にあるにもかかわらず、「前半」の役割を殆ど果していない人を少なからず見かけます。ましてや「部長」という立場にあっては、殆ど「後半」の仕事しかしていないのではないかと思われるほどです。

 実際問題として、今日、この国の企業組織が全く停滞している状況を考えると、“リーダーシップを発揮する”という役割を誰も果していないのではないかと思われます。いわゆる「管理者」が、その役割の「後半」である、管理・監督しかやっていないとしか思えません。その証拠に、関係者は「このままではダメだということは分かっている」「何かしなければもたないことは分かっている」と言います。それこそ“リーダーシップ”の出番にも関わらず、誰も動かない。いや、動かないのではなく動けないのでしょう。

 既に述べたように、リーダーシップを発揮するためには、豊富な情報の収集と未来の予測が不可欠です。常に高い木に登っていなければなりません。部下の何倍もの高い木に登って、自らが情報を集めなければなりません。いわゆる部下から届けられる情報だけでは、片目を塞がれた状態に陥ることは避けられません。社長自ら、部長自らが、自分の考えに基づいて足を動かし、指を動かして情報を集めなければなりません。それが出来ていないとすれば、リーダーシップを発揮することは難しいでしょう。それ以上にそのような組織にいる従業員は不幸かもしれません。

 マネージャーの仕事は、その立場によって50%〜80%はリーダーシップに基づくものであることを認識し、今すぐ、そのための時間を確保することです。たとえば、先ずは無駄な接待を止めることです。そして組織内の作業のプロセスを見直して、作業のロスを減らし、「管理・監督」の出番を減らす工夫をすべきです。そうして組織にとって、あるいはマネージャーとして必要な情報を集め、それを整理し、そこから予測することです。今は、それが簡単にできる環境にあります。それをフルに活用してください。

 このホームページをご覧になっているようなマネージャーの方なら、おそらくここで私が述べたことは理解していただけるものと思います。あとは行動だけです。もし、行動に躊躇が生じるようでしたら、必要な情報の不足、そしてそれに起因する確信の欠如が原因と思われますので、無駄に消費(浪費)している時間を掻き集めるところから始めて下さい。そうしてリーダーシップを兼ね備えたマネージャーになって下さい。

 21世紀は、企業組織に掛かるコストや生産性の圧力は、今日の比ではなくなるでしょうし、「スピード」というキーワードもいろんなところに求められるようになります。豊富な情報に基づく的確な判断能力と行動力がなければ、これについていくことは出来ません。また組織の形態も変わるでしょうし、個性を持った専門性の高いエンジニアを率いていくには、納得できるリーダーシップが欠かせません。この何れを欠いても、21世紀のマネージャーは勤まらないでしょう。


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