いい加減な仕事の仕方は人材の流出を招く

 

 ソフトウェアの開発現場では、相変わらず「デスマーチ」の状態が続いているようです。私は「CMM」をヒントに作業の変革を勧めていますが、別にCMMに限る必要はありません。最近発売された『ラピッドデベロップメント』という本には、こうしてはいけないことや、こんな上手い方法があるということがいくつも紹介されています。それも、結構丁寧に紹介されています。また『ソフトウェアの病理学』という本には、問題の原因やその治し方(処方箋)まで、独特の構成で書かれています。あとは、自分たちの組織の状況に合わせてアレンジしていくだけです。本の値段としては少々高いのですが、仕事が上手く行く方法が手に入れば、そんな値段は安いものです。

 だが、一体このような有用な文献を、ソフトウェアの開発組織の現場のマネージャーは読んでいるのだろうか。開発や設計作業が上手くいっていない組織のマネージャーであれば、どうすればいいかという視点を持っているはずです。一方、ある程度上手く開発作業が運んでいる組織のマネージャーであれば、これでいいのだろうか、他にもっといい方法があるのでは、という視点があるはずです。というより、そうであって欲しいと思います。

 私の見る限り、総じてマネージャーの立場にいる人たちの勉強が足りないように見えます。日常の業務やノルマに追われて、開発組織の在り方、作業の進め方、メンバーの技術の修得の方法などの研究が、どう見ても足りません。90年代後半に入って、市場の要請が変化しているにもかかわらず、そして、開発の道具も変化しているにもかかわらず、さらには、効果的な開発方法がいくつも提案されているにもかかわらず、殆どが、“今まで通り”のやり方を推し進めているようです。その結果、一向に「デスマーチ」の状態が解消されないし、ニフティのフォーラムなどを見ていると、ますます危険な方向に向かっているのではないかと思われます。

(ここで言う、マネージャーというのは、ソフトウェア・マネージャー、プロジェクト・マネージャー、シニア・マネージャーなどを指していて、日本ではチームリーダーから課長や部長という役まで含まれる)

 どうも現場の状況は、一握りの有能な人(エンジニア)に依存しているというのが実情のようです。彼に頼めば何とかしてくれる。前のモデルの時もそうだった。いや、仕事なんだし、皆も頑張っているのだから、彼だってそれくらいやって当然だろう・・・。これが多くのマネージャーの考えていることではないでしょうか。それぞれのエンジニアに対して「仕事の仕様」が示されていない状況では、途中で、幾らでも仕事の内容が変わってしまいます。というより、多くの人は、それが当然だと思っています。その仕事を外注に出すことを考えれば、そのような仕様の変更のしかたが間違っていることに気付くはずですが、マネージャーも含めて、そのことに疑問を感じていないようです。

 その結果、一人の有能なエンジニアに仕事が集中します。彼だって、必ずしも十分な開発方法を身に付けているわけではありません。単にその開発現場では相対的に彼が秀でているだけということもあります。その場合、集中する仕事をこなしきれず、鬱病の発症など精神的に行き詰まることさえ考えられます。有能な人材を台無しに為てしまうことになります。

 最近のニュースによると、今、日本には民間の人材紹介会社は530社あるといいます。しかもこの1年で200社も増えています。この事実は何を意味しているか。マネージャーの立場に居る人はこの意味を察知しなければなりません。

 不況は、間違いなくリストラや倒産などを伴って失業を生み出します。でもそれは、同時に新たなビジネスとの出会いのチャンスでもあるはずです。アメリカでヘッドハンティング会社が興ったのは、1930年代の大恐慌のあとだということです。今日の日本では、対ドルでの大幅な円安も伴って、外国資本の日本への進出が盛んで、有能な人材の引き抜きが盛んに行なわれているようです。

 今、日本は大変革の中にいます。それは、人の流れ、物の流れ、金の流れの「変化点」にビジネスチャンスが存在していることを意味します。その意味でも、今まさにヘッドハンティング会社や人材登録会社が、そのビジネスチャンスを拾う形で活動を始めているのです。彼らは、独自のリストを持っていて、既に相当な人材に関するデータベースを構築しているものと思われます。目星を付けた人に対して、絶好のタイミングを捕らえるべく様子を窺っている可能性があるということです。何といっても、その優秀な人を「動かす」ことが彼らのビジネスだから。

 従って、ソウトウェアの開発組織にあって、折角の有能な人材も、誰もが納得するような活かし方が出来なければ、その組織は、早晩、有能な人材を失うことになるでしょう。気付いてみたら、マネージャーの手元には、レースに耐えられない人しか残っていないという事態も予想されます。もちろん、それでは事業は続けられないことは言うまでもありません。彼らだけでは、顧客の要求を満たすことは出来ないし、第一、何をやってもデスマーチにしかならないでしょう。

 仕事の出来る人、あるいは、出来るようになった人は、必然的に自分の能力をさらに高めようとするものです。その結果、マネージャーも含めて、有能な人たちによる集団(組織)が出来上がることになるのです。そこでは、日常的に刺激があり、競争があり、充足があります。常に自分の「位置」を確かめることができます。それを楽しみに出来る人たちですから、そのことが苦痛にはならないのです。何よりも、その組織は顧客の要求に応える事の出来る集団であることから、社会に貢献しているという実感を得やすい状況にもあるのです。

 いい加減に、ソフトウェアの開発の方法や組織の在り方などを見直さないと、折角の有能なエンジニアを失う可能性が高いことを、マネージャーの立場に居る人たちは認識する必要があります。そして、一旦そのような人材の流出が始まったら、心理的な波及効果も相まって、人材の流出が加速する可能性もあるのです。技術者の流動性やその意識については5年前とは大きく変わっていて、特に、最近の外資系企業の日本進出に伴って、意識の面では流動性の壁はまったく低くなっています。

 このような状況を「大変厳しい」と受け取るマネージャーの人たちも居るでしょうが、ある意味では、経済の自浄作用であり、自然の摂理でもあるのです。そこを勘違いしないようにしてください。そして、このページを読まれているマネージャーの皆さんこそ、逆にスカウトに掛かるぐらいになって欲しいと思います。

 本当に強い組織、社会に貢献できる組織は、「協調と個人主義の混和」を実現できる人たちの集団だからです。



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