組織にダイナミズムを持ち込む



今日のソフトウェア開発組織の抱える問題の一つは、そこにダイナミズムが見られないことです。このことはソフトウェア開発組織に限ったことではありませんが、特にこの世界は技術革新も激しく、開発方法も次々と提案されている状態で、元来、組織内のダイナミズムが欠かせません。

しかしながら、現実にそこに新しい風を吹き込むには障害が多く、簡単ではないことも確かです。そのため、そこでの作業のやり方は、時には5年以上も変化していないこともあります。「市場の要請」のところでも述べてありますが、この変化の激しい分野では、それは致命傷となりかねません。

実は、この問題は私にとっても永年の課題でもありました。立場上、常に新しいものを提案し、変革を求めていくことが私の仕事でもあるのですが、建て前では理解してくれていても、現実にははなかなか受け入れられず、そこにはっきりとした障壁があるのです。

最近、ある本を読んでいて気付いたことは、この国には前任者のやり方を否定することが出来ないような慣習が存在するのではないかということです。この国の風土というべきか、それとも各人の中に“遺伝子”のようなものが入っているのか、その詮索は脇に置くとしても、風土的な行動パターンが存在すること果たしかです。

この国はどちらかというと「減点社会」と言えるかもしれません。その結果、どうしても「功あるを求めず、過ちなきを求む」という気持ちになるのは否めず、士気は上がりません。この状態は、戦後の昭和30年代の文献からも報告されています。社会学者ではないので、それ以上の詮索は止めますが、少なくとも、「減点社会」的な面は、今日的なものではないということです。

実際に、ソフトウェアの世界に限らず、国の行政にしろ、一般の職場にしろ、どうも前任者のやり方を否定できない空気があります。法律なども、時代の動きに合わせてさっさと作り変えれば言いのにと思いたくなります。

エイズや薬害で問題になった厚生省の薬事行政も、結局は前任者の決定を後任者が覆えせなかったことが、被害を大きくさせた一つの要因ですし、今問題になっている特殊法人の問題も、それを見直すことは前任者の決定を否定することでもあり、それだけに当事者としては身動きがとれないのです。行政改革も、本当に実現しようとすれば、このことを認識した上で、それなりのプランでなければならないでしょう。

これはこの国の特徴かもしれませんが、それだけに覚悟して取りかからなければ、ソフトウェアの世界は前に進むことは出来なくなります。これが風土であれ、遺伝子であれだからといって仕方がないというわけにはいかないのです。ただ、それだけ根の深い問題であるという事実を認めることで、それ相当の対応を考えることが必要です。

どうやら、前任者のやり方を否定するということは、この国では前任者そのものを否定するかのように受け取られているのかも知れません。

デベートが出来ないのも同じ要因が作用していると思われます。議論でうち負かされることが、自分自身の存在を否定されたかのように思ってしまうのです。また、回りの人も、うち負かされた人をそのように見てしまう傾向を感じます。当事者にとってはまさに「屈辱」と受け取っているのです。このような状況の下では、激しい議論のあとも普段通りに接するということが出来なくなるでしょう。

しかしながら、このままではソフトウェアの開発組織に新しい方法を取り入れることは出来ません。個人的に取り組まれることはあっても、組織として取り組むには、どうしても前任者の“方法”を否定しなければ前に進むことは出来なくなります。

プログラミングやアルゴリズムも、若い人達の中から、先人のものを越えるようなアイデアを引き出さなければなりません。そんなところに、遠慮や躊躇は無用なのです。私がこの世界に魅力を感じているのは、それが誰のアイデアであっても、より優れたものが受け入れられる世界だからです。

別に前任者のやり方が間違っているというわけではありません。時代や要請に合わなくなっただけなのです。だからといって、それまでやってきた「そのやり方」の価値はいささかも損ねるものではないのです。「そのやり方」が、今日までその組織を支えてきたことは確かなのですから。交代することになったとしても、その「名誉」は保たれなければなりません。

むしろ、時代に適さなくなった方法を何時までも引きずることの方が、それまでのやり方を傷つけることになることを理解すべきでしょう。

見方によれば、前任者の方法を否定できないと言うことは、自分自身のやり方も否定できないことを意味しています。この世界では、自分自身でも今までの方法を否定しなければならないことがあります。

新しい時代の新しい要請に、今までの方法がそぐわないと判断したら、自ら別の方法を取り入れるべきなのです。勿論、以前の方法が通用する場面もあるかも知れませんが、状況に合わせて柔軟に対応すべきなのです。そのようなダイナミズムがこの世界には欠かせないのです。

組織にダイナミズムを取り込むための方法としては、他にも幾つもあるでしょうが、前任者の方法を否定できる雰囲気を作ることは、この他の方法を取り込むための前提でもあるのです。これを抜きにしていろんなことをけしかけても、恐らく実を結ぶことはないでしょう。そして、これこそがマネージャーの役割でもあるのです。
ただし、くれぐれも「方法」だけを否定するように配慮を欠かさないようにお願いします。



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