庵主の日記2

2003年2月9日 首都圏の電力危機が示唆するもの

 日本は電気を原子力に依存する比率が高い。いつの間にか、東京電力などは44%(2001年実績)も原子力に依存している。ところが、現在17基のうち稼働しているのはわずか4基しかない。トラブルによる改修作業中のものや、検査データのねつ造などが影響して、稼働開始の目処は立っていない。2基については定期点検が3月で終了するようだが、地元地域の安全と安心の確立が条件になっているため、4月から稼働できる目処は立っていない。現在稼働中の4基も4月中旬までに定期点検のために停止する。つまり東電の全ての原発が停止するのである。まずは3月を乗りきれるかどか。

 問題は夏場である。今のままでは完全に足りない。他の電力会社から融通してもらっても前年実績にとどかない。定期検査も特に問題がなければ1,2ヶ月で終わるようだが、そこで亀裂などの問題が見つかったりして交換が入ると3〜6ヶ月かかることもある。急遽、停止していた火力発電所を稼働させる準備に入ったが、これも準備が整うのに1基で3ヶ月以上かかるし、能力的にも原発の分をカバーしきれない。つまり、このままでは夏は乗りきれない可能性がある。いや、“可能性”という段階ではないのかも知れない。東電も大口の需要家に節電を呼びかけているようだが、なぜか、かつてのオイルショックの時のような悲壮感は伝わってこない。最後は政府の方で「お金を積んで」地元を説得してくれると見込んでいるのか。それともすでに話しはついているのかと疑いたくなる。

 数年前、カリフォルニアで大規模な停電が発生し、大きな社会問題となった。そのとき、日本の政府関係者や電力会社の関係者は、「日本ではこんなことは起こり得ない」と大見栄を切った。だがいま、首都圏大停電の危機が目の前に迫っている。今回の出来事は、日本のエネルギー政策の転換点となるかもしれない。

 もし、原発が復帰しない状態で停電を回避できれば、皮肉なことに「原発」が無くてもやっていけることになる。経済も停滞していて電力の需要が増えないという事情があるにしても、17基も原発は要らないということは確かだ。もし、直前になって政府が強引に地元を説得して急遽原発を稼働させるようなことがあれば、国民の政府に対する信任は一気に崩れる危険がある。どちらにしても、日本の原子力政策は見直さざるを得ないだろう。

 原発の年数が経過するにつれ、トラブルで停止する危険が高くなる。その分、復帰に時間がかかるだろう。それと、これ以上の原発は「後のコスト」を考えたら、多くを持つべきではない。稼働中のコストは低いかも知れないが、停止後のコストは馬鹿にならず、間違いなく電力会社の経営の足を引っぱるだろう。今回の電力危機は、これまでの「原発一辺倒」から、環境を守りながら「エネルギーの多様化」を急ぐべきことを示唆している。

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