3. ルートは1本ではない

 CMMの取り組みの最大の難関がどこにあるかは認識して頂けたと思いますが、ではこれに対応する方法は無いのか。その種の割り込み作業は「不可抗力」として諦めなければならないのか。レビューの不足から仕様の変更が生じても、黙って受け入れなければならないのか。

 多くの現場では、ここで行き詰まってしまうのです。Bさんが風邪を引くのも不可抗力ですし、ハードディスクが壊れるのも不可抗力ですし、顧客が今ごろになって要求の一部を変更してくるのも不可抗力です。そのためにスケジュールが遅れてしまうのは、自分たちの所為ではない、と。でも、このような姿勢からは何も生まれません。それどころか「デス・マーチ」に一直線です。

このような遅れを、残業や休日出勤で取り換えそうとしても、それは長く続かないし、却って、思考を止めてしまう結果となり、必要なプロセスを省いてしまうという2次災害を引き起こす可能性の方が高くなります。

 この問題に対応するには、発想の転換が必要になります。それは、「ゴールに到達する道は1本ではない」というものです。実際、同じテーマを複数の人に与え、それぞれにスケジュールを書かせてみると、同じ計画にはなりません。もちろん、中には「不出来」という意味で異なったスケジュールになることもありますが、許容範囲に入るものでも、人によって異なることに気付かされるはずです。それは、まさに方法は何通りもあるということを意味しています。

ただ、ひとりの人が、自由自在に何通りものルートを考えだすことは苦手だということです。だから、一つの実現方法しか無いと思ってしまうのです。


 3.1 崩されても立ち上がる

 事前に何通りものルートを考えだすことは苦手でも、目の前でスケジュールが崩される状況が生じたとき、つまり、それまでのスケジュールが「あかん」となったとき、人ははるかに容易に別の方法(ルート)を考えだすことができます。そのときに必要なのは、簡単に諦めない執念のようなものと、そのパワーが最高に機能する「土俵」あるいは「場」です。

 執念というのは、言い換えればその時にどのような言葉を浮かべるかということでもあります。「不可抗力」という意味の言葉をイメージした途端に、思考の泉から水が上がってこなくなります。ですから、この場面でどのような言葉を浮かべるかは、とても重要なことになってきます。

 そうして諦めない心は、「別の方法があるはずだ」というところに向けられる必要があります。残業や休出で対応しようというのは、別のルートを考えたことにはならないことに気付いて欲しいものです。それは、単に前に考えられていたルートの上を、荷車を押す人足の数を増やしたり、夜も休まずに押し続けて遅れを取り戻そうとしているに過ぎないのです。最後の最後では、この手が使えますが(というより、そのときは他に方法がないかも)、この方法は何度も使えるものではないのです。


 3.2 アイデアを湧きださせる表現

 「執念」だとか「心」といった一種の精神論だけで、この問題を解決できることは殆どありません。たとえ出来たとしても、それは、最初から出来たはずの範囲に過ぎないし、成果も大きなものではありません。つまり以前に気づいていたはずだが、後回しにしたり、その手前で考えるのを止めてしまった範囲にあったものが出てきたに過ぎないということです。

本当に、1週間前に考えたときには気付かなかった「別ルート」に気付くには、それなりの表現、すなわち“詳細さ”を伴った表現が必要になります。

 例えば、

  ○○タスクの設計書を書く・・・80h

  □□タスクの設計書を書く・・・56h

というスケジュールをいくら眺めていても、8hの時間を調達する(浮かす)方法に気付くことは難しいでしょう。でも、これが、それぞれの設計書の構成をイメージし、その構成に沿って具体的に章建てを考え、それに沿って作業の(詳細)スケジュールを表したとき、「○○タスク」と「□□タスク」の設計書の共通点が見えたり、流用できる箇所が見えたり、更には、1冊の設計書の中でも、重要な部分とそうでない部分が見えてきて、一部の記述を遅らせたり、時には省いたりして求められているゴールに向かうルートが見えて来るのです。そうして新たな「形」になったことで、2日後にまた新しい「ルート」が見えてくることもあります。

 「PERT/TIME」や「PERT/COST」も、もっと優れた「ルート(段取り)」を見つける為のツールで、何度も書き直して要求に叶うルートを見つけていきます。つまりこの表現は、新しいイメージを誘発させる目的があるのです。

 今日、気付いたルートは、2日前に「姿、形」を変えたことで見えたものであって、その前に、一足飛びには見えないものです。つまり、スケジュール崩しにあったとき、「別のルート」を見つける為には、常にそれなりの「形」が必要だということです。


 3.3 未知の能力に目覚める

 私の提唱する「詳細スケジューリング」(呼び名は冴えませんが・・・)は、

 1)1日の遅れが、その日に判ること

 2)スケジュール崩しに遭遇したときに新たなルート(方法)を見つけること

の2つの主要な要求を満たすために考えられたものです。

 単に細かく書くというだけではなく、その細かさに確かな基準があり、同時にそのことによって、困難に遭遇したときに新たな方法に気づかせてくれるものでなければ、それだけの時間とコストを掛けて、そこまで表現する合理的な根拠を失います。

 ある種のセミナーでは、30分単位と言った「基準」でスケジュールを書くことを進めているようですが、単に細かく表現するというだけのスケジュールは、それを維持する根拠を持たないため、すぐに、その場から蒸発するように消えていきます。

 でも、「詳細スケジュール」の書き方次第で、実は当人も気づいていない未知の能力に気づかされることになります。「詳細スケジューリング」についての詳しいことは、別の項に譲りますが、一般に、本気で取り組めば3ヶ月ぐらいから「別ルート」が目に付くようになります。そしてこの能力が手に入ったとき、CMMの難関が突破できるのです。そして、一度この能力を手に入れた人は、おそらく元には戻らない筈です。それは、彼は既に時間を作りだす「機械」を手に入れたのですから、仕事が少々忙しくても、新しい事態を想定し、それに対応するための技術を身に付ける時間を作りだすはずです。そしてそのことによって、ワインバーグの言う「循環論法」のサイクルにははまらないし、易々とはヨードンの言う「デス・マーチ」にも落ちないはずです。

もちろん、レベルの2から3への旅は、回りの景色を観賞する余裕すら手に入っていることでしょう。

 CMMは、良く考えられた素晴らしい「仕事の仕方」のフレームワークです。将来は別としても、現時点ではこれに勝るフレームワークは提唱されていません。それだけに上手に取り組まれることを願っています。




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