[SCだより 131号]

(第49回)

 これは、Gerald Weinberg の言う「タイタニック効果」の原理である。何もかも制御下にあってそれが続くと考える、というようなひとりよがりな気分に決してなってはならない。それは、自信過剰が多くの大混乱の主な理由だからだ。「ちょっとした軽い山登りだから、ザイルでの確保は要らないよ」と言う登山家、あるいは、「ちょっとした短いハイキングだから、水は要らないよ」と言うハイカー、あるいは、「この持ち札なら絶対勝てるよ」と言うポーカープレーヤーは、必ずトラブルに巻き込まれる。原理162は、直面する潜在的なリスクのすべてを分析し、前もって非常用対策計画を作成し、そして新たなリスクを継続的に再評価する必要性を強調している。この原理は、これらのリスクが現実のものとなることを予測する必要性を強調する。管理上の最大の大混乱は、それが起こり得ないと考えたときに起こる。
(201の鉄則:原理171<管理の原理=大混乱など起こるはずがないという考えが、しばしば大混乱をもたらす>)

― 解  説 ―

か?」と尋ねると、「今回のプロジェクトは、○○機能を少し変更するだけなのと、簡単な新しい△△機能を追加するだけですから、派生モデル開発の手順を持ち込むほど大げさなものではありませんので」と、プロジェクトの責任者は言う。もちろん私は反対します。その理由は2つあります。一つは、最初は簡単であっても、途中で要求が追加される可能性があること。もう一つの理由は、折角、新しい方法を身に付けても、ちょっとでも“以前の習慣”に戻せば、それまでの取り組みが全て水の泡となってしまうからです。
 いよいよ結合テストです。新しいRTOSを組み込んで実際の動かしてみる。一連のテストも概ね良好。ただ、時々止まってしまう。1週間経って報告が出てきた。「RTOSのサービスファンクションの動きが以前と違っている」ことが原因だった。6ヶ月前、「今回のRTOSのファンクションを調べましたか?」と聞いたとき、「特に調べていませんが、ソフト会社の人が“μITRON 4 に準拠しています”と言っていましたので、今と変わらないはずです」と、ソフトの担当者は言った。
 こういう場面に、何度も遭遇してきました。そして、同じ人が何度も過ちを繰り返すのも見てきました。

“大丈夫!”という裏

 ソフト会社の人がそう言っているからと言って、どうして、“大丈夫でしょう”と言うのでしょう。いや、そう言えるのでしょうか。それとも取り越し苦労が、そんなに嫌なのでしょうか。多くの場合、隣の部屋に行って、資料(マニュアルなど)を調べれば分かることです。数時間、いや長くても2日ぐらいあれば、確証は掴めるのです。そうすれば、今ごろになって、慌てなくても済んだのです。今から、ソフト会社に改修を要求しても1ヶ月かかってしまう。自分たちのプログラムを修正するにも、システムのアーキテクチャに関わるため、時間もかかるのと、修正ミスのリスクが伴う。
 あの時、“大丈夫なはず”と言ったとき、何がそう言わせたのか。私の知る限り、“大丈夫なはず”と言った人の半分以上は、事前に調べたほうが良いのかな、と少しは思っているのです。でも、次の瞬間、“大丈夫なはず”という言葉が出ているのです。形勢を逆転させたのは、“面倒だな”“時間の余裕も無いし”“やりたくないな”という無言のフレーズなのです。そして、そのようなフレーズが湧き出した理由は、どこを調べれば良いのか分かっていないことにあるのです。例えばRTOSの作りに自信がある人は、そのような躊躇のフレーズは出てこないのです。知識が不足している人に限って“大丈夫なはず”というのです。

簡単なら準備も容易なはず

 修正個所が僅かで、作業も簡単なら、派生モデル開発のプロセスも、量的には負担はないわけです。プロセスの流れそのものは、習慣になってしまえば、何の苦痛も感じません。障害は量的なものだけです。しかしながら、現実には、量的な理由で、派生モデル開発のプロセスを脇に追いやったのではなく、修正個所が少ないから忌避したのです。これは、全く論理矛盾なのですが、本人はそのことには気付いていません。“そこまでやらなくても大丈夫です”と言わせた本当の原因は、派生モデル開発のプロセスをうまく回せないところにあるのです。だから、修正個所は少ないはずなのに、何ヶ所も修正ミスをしてしまい、結局、納期に間に合わないという結果になってしまうのです。修正のボリュームが少ないのなら、派生モデル開発のプロセスを修得するのに絶好の機会なのです。でも、多くの人は、逆の行動をとってしまう。とても残念なことです。ここをコントロールできなければ、いつまでも、リワークの世界から抜け出ることは出来ません。しかもリワークは、事前の作業と比べて、数倍もの時間が費やされるのです。

心配性でちょうどよい?

 「清水さんは、心配し過ぎですよ」と良く言われます。自分でもそう思うときがしばしばあります。でも、約束を守るということを考えたら、何か思い過ごしている事はないか、間違って作業を進めていないだろうか、手配したものはきちんと納品されるだろうかと、最後まで気を抜けない。折角、そこまでやって来たのに、ちょっとした手抜かりで納期を守れないというのでは、あまりにも悔しいではありませんか。1回のミスで、そこまでの努力が報われないなんて、考えただけでも腹がたちます。それと、長くフリーでやって来たことも、他の人以上に心配性にしてしまったかもしれません。
 大事なことは、リスクを探しだす能力です。TSP(Team Software Process)でも、リスク管理は、早い段階で取り組まれます。現実に、リスクを事前に読みきれていないことは沢山あります。そのまま実作業に突入すれば、多くの場合、作業は滞ってしまいます。不用意に“大丈夫なはず”という言葉を発することは、リスクを覆い隠すことになります。言い換えれば、リスクはその人の心の隙間に種がまかれ、もっとも具合の悪いときに発芽するのです。


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