仕事を家庭に持ち込まない?

 私も、この分野に約30年籍を置いていますが、最近のソフトウェア・エンジニアと言われる人たちの仕事のスタイルに疑問を感じることがあります(実は、ソフトウェア・エンジニアに限らないのですが)。それは仕事と家庭を“きれいに分離”していることです。分かり易く言えば「仕事を家庭に持ち込まない」ということです。確かに耳障りのいいセリフですが、何か考え違いをしているようです。

 エンジニアという仕事の半分は、アイデア、創造の行為です。残りの半分は、アイデアを練り上げて形にしていく作業です。「現実」を分析したり、設計するという行為は「力仕事」ではないし、「時間仕事」でもありません。10時間投入したら、望んでいるアイデアが湧きだすとは限りません。

 また、前回とは違って、新しい技術的な問題を解決しなければならないかも知れません。探せば済むなら、資料や文献を「探す」という作業になりますが、そこに求める答えが見つからなかったときは、考え出さなければなりません。それは「想像」であり「創造」です。

 技術的な問題だけでなく、マネージングの領域でも、同じような事が言えます。エンジニアという人種は、本来いろんな個性の持ち主です。彼らの能力をどのように活かすかという問題も、時には「ひらめき」や「創造」「気付き」が求められるものです。

 アイデアを凝らし、方法を考えるという「作業」(というよりも「行為」と言うべきか)は、朝の9時から5時までの間に実現するとは限りません。いわゆる、ルーチンワークや、やったことのある作業なら、時間に比例してそれに応じた成果が得られるでしょうが、創造的な行為は時間に比例する訳ではありません。

 このようなエンジニアの「創造」行為は、当然のことに家庭という中にも入り込むことになります。もし、これを排除したら、当面する技術的課題をクリアするようなアイデアを、所定の期間内に手に入れることは出来ないかも知れません。そうなればもはやエンジニアではなくなります。

 昔は、コンピュータも職場にしかなかったため、会社に出なければ作業は捗らなかったのですが、今日では、パソコンと通信手段の発達で、エンジニアの「創造的作業」はどこに居ても出来ます。それに、本を読んだり勉強することも、何処にいても出来ます。新しいアイデアも、職場の椅子に座って、パソコンの画面で向かっているときよりも、家で文献のページをめくっている時に湧いてくることが多いものです。

 そのような時に、直ちにアイデアを書き留める。或いは、関係者にメールを送っておくことが重要です。ここで、明日会社に行った時に、いま浮かんだアイデアを話そう、なんて言っているようだと間に合いません。その間に何が起きるか分からないし、担当者とすれ違いが起きるかも知れません。かっては、この「すれ違い」は防ぐ方法がなかったため、「不可抗力」として問題にならなかったのですが、今日では、この「すれ違い」による伝達の遅延は防ぐことが出来るのです。

 そうなると、防いだ人と防がなかった人との間に「差」が出来てしまうし、それでは「スピード」という時代の要請に応えられません。ましてや、会社を一歩出たら「仕事のことは一切考えない」なんて言っていては、エンジニアとしては何も進みません。

 そういうスタイルでは、これからの「エンジニア」は勤まらないでしょう。皆が出来ることが出来ても、それはエンジニアとしては不足です。勉強も、本来は自分の「持ち時間」の中でやるものであって、会社の「職務時間」の中でやるのは、会社あるいは組織として統一して身に付けて欲しいと思う対象に限るのです。そのためには、予め「可能性」を見せなければなりません。その可能性を見せた人にだけ、組織は時間を与えることになります。可能性を見せることなく、ただ待っているだけでは、エンジニアとしての出番はないでしょう。

 これからは、市場には「選択肢」があるのです。組織がエンジニアをあるべき尺度で選択しなければ、市場がその組織(企業)に対して選択肢を行使することになるでしょう。

 4月に入社した人も、そろそろ新入社員の初期の研修を終えて、それぞれの部署に配属される頃かと思いますが、「仕事を家庭に持ち込まない」という考えで「エンジニア」を選んだのなら、今すぐ辞めた方がいい。それでやっていける時代ではないのです。




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