「日常業務」で埋め尽くさないこと!

 ソフトウェア・エンジニアの皆さんにお願いがあります。あなたの1日の時間を「日常業務」で埋め尽くさないで下さい。1日の中から睡眠や食事などの時間を除いた時間を、目の前の業務で埋め尽くさないで下さい。「今」の対応で埋め尽くさないで下さい。

  ▲ 人間は償却資産ではない ▲

 御存知のように、機械には「償却」という考えがあります。いわゆる「減価償却」という経理処理は、資産であっても、時間とともに価値が減少するという考え方に基づいています。物によっては、5年前には最新の機械であっても、5年経った今では役に立たなくなってしまいます。だから新しい機械を買い替えるのです。もっとも最近の機械はソフトの入れ換えで使用価値を高めることができ、その場合、償却期間も延長されますが、それも限界があります。

 これにたいして、人間には「償却」という考え方はありません。それは人間は機械ではないからです。しかしながら、確かに機械ではないにしても、その間に何も「更新」しなかったら、10年経ったときに役に立たなくなる危険があります。特に、ソフトウェア開発の世界では変化が激しく、10年も経てば開発環境や使用環境が一変してしまう危険があります。新しい分析手法や設計手法、さらにはそれに基づいた効果的なツールやプログラミング言語、品質管理の為の計測方法、新しい開発体制に新しい製品の分野等々、次々と変化します。これらはみな、ソフトウェアの開発組織が取り組んでいくテーマでもあります。

  ▲ 習慣の変更は容易ではない ▲

 しかも厄介なことに、それらの殆どがエンジニアの「パラダイムの変化」を伴います。「パラダイムの変化」を必要とするということは、変化を獲得するには半年から1年の「継続」が欠かせません。ちょっと文献を読んでみた程度で身に付くものは殆どありません。実際にやってみて、その中で新たな対応を考えたり、フィードバックしていかなければ手に入らないのです。

 「変更ということが、今までなかった何物かを作りだすこと、すなわち新しい工場とか、新しい製品ラインなどを作りだすという内容のものである場合は、現状打破を成し遂げるのは比較的容易である。それが今まで長く続いてきた習慣とか考え方、態度とかに関係してくると非常に難しいことになる」のです。この事を決して甘く考えないように。

 上に揚げた取り組みのテーマは、元来、市場の要請に基づいているわけですから、殆どの開発組織にとって回避できないものです。業種や企業の事情によっては、時間的な猶予はあるでしょうが、製品が市場で競争している以上、生産性やコストなどで競合他社より見劣りするようでは、もはやそのような猶予は存在しないことになります。

  ▲ 自分に投資する ▲

 そうなると、日常の業務で1日を埋めてしまっては、将来のための取り組みは一切できなくなります。1日の中で、1〜2時間は将来の為に投資し「更新」していかなければ、機械と同じように5年後には「償却」の対象になってしまいます。もっとも、機械ではないですから、それで直にスクラップということはありませんが、例えば、ソースコードの自動生成が進めば、分析や設計が出来なければ出番はなくなります。日常の業務をこなしながら、新しい時代に対応するために、新しい分析手法を手に入れ、新しい仕事の進め方を手に入れて下さい。

 自分の将来をもっとも“確実にする”のは、自分に対する投資です。今日では、土地などの不動産やお金は必ずしも財産にはならない可能性があります。不動産は流通しなければ財産ではなくなるし、お金も、今日のような低金利では、年間に数10回も時間外でATMを使用すれば利息は全部飛んでしまいます。どのような時代にあっても、自分に投資し続ける意識こそ財産なのです。

  ▲ 誰もが自分の経営者 ▲

 「経営者」というのは、単に企業や組織のなかに存在するものではありません。人は誰でも自分自身の経営者でもあるはずです。自営業でなくても、人は皆、自分という「個人企業」の経営者もあるのです。マネージメントとは、人をその気にさせて目的を達成することだとすれば、自分自身に対しても「マネージメント」は存在するはずです。そして、自分自身に対するマネージメントが出来ない人が、組織や企業をマネージメント出来るとは思えないのです。

 「今日」が忙しいからと言って、自分自身に対する大事な先行投資までカットするようでは、「経営者」として失格です。当然、その個人企業は自転車操業に追い込まれるのは見えています。それでもしばらくは回転するでしょうが、いよいよ、時代の求めるものとの「差」が開き過ぎたとき、最早その自転車の走るコースはありません。途中、その人は、「どこかで何とかなるだろう」と思うかも知れませんが、自転車は1周するごとに市場の要請との乖離から単価が下がっていきます。つまりギア比が落ちてくるのです。したがって、今まで以上に一所懸命に漕がなければなりません。こんな状態が続くはずがないでしょう。

 このような事態に陥らないためにも、毎日確実に先行投資を怠らないことです。自分を守るのは、結局は自分なのです。

 



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