朝こそすべて!

 最近は、朝食をまともに取らない人が増えているようで、ソフトウェア・エンジニアにも、そういう人を見かけます。このページをご覧になっているあなたはどうでしょうか?

 フレックス・タイムの制度が普及してきたことも朝食をとらない原因になっているかもしれません。10時に出勤した場合、少し我慢すれば昼食です。10時前に起きたのではとても朝食など取る気にならないでしょう。それに、この状態を毎日続けていることで、空腹感が気にならなくなっているかも知れません。

 生活が夜型になっていることによって、朝早く起きるのがきつくなり、ついギリギリまで寝ているため、朝食を取る時間がないというのが実態でしょう。インターネットが身近になったことも夜型生活に拍車をかけているかも知れません。もっとも、インターネットは逆に「早朝型」にすることも可能なはずですし、そのほうがよいのですが、実際には一度寝ると起きるのが難しいため、つい、夜型になってしまうのでしょう。

  低血糖は知的活動の障害

 しかしながら、朝食をとらないということは、昨夜から昼まで12時間前後食事を取っていないということでもあり、それまで血糖値は下がったままです。血糖値が低い状態のままでは脳の活動を低下させることが、既に解明されています。血糖値が低いと集中力や思考力を低下させることになり、知的活動にとって大きな障害になります。

 一方、缶コーヒーなどの飲料は糖分が多く含まれているのと、吸収が早すぎるため、飲んだ直後、血糖値は一気に上昇し、その急激な変化に反応してインシュリンの分泌が盛んになってしまいます。そのため、今度は短い時間の中で血糖値が下がり過ぎてしまい、追加の缶コーヒーが必要になってしまいます。それにこれを繰り返すと、急激な上昇と下降の状態を繰り返すために、糖尿病になってしまう危険すらあります。

 それに対して最近のゼリー状の食品は、糖分の吸収も缶コーヒーほどは急激ではないでしょうが、元々消化というプロセスを通っていないため、通常の食事と比べて反応は早くなるのは避けられないでしょう。

 知的活動を主とする人にとって、血糖値の低すぎる状態や、急激な上昇や下降の状態は、活動の障害になります。本人は気付かないかも知れませんが、能率は上がらないはずです。

  ミスが多くなる

 血糖値が低い状態では、持続的は思考には耐えられないでしょう。問題を解決すべく新しいアルゴリズムやデータ構造も考えつかない危険があります。もちろん、本人は考えているつもりですが、実際は堂々めくりしていることが多いはずです。CRTを眺めて考えているつもりでも、時間がかかった割には大したアイデアは出てこないで、結局、暫定的な方法に落ち着いてしまうのですが、その暫定的な方法も、多くは最後の最後になって浮かんだ方法ではありません。実際は、かなり最初の方で浮かんでいて、この1時間は、じつはその回りをぐるぐる回っていたに過ぎない、という状態になるのです。

 また、深く考えることもできなくなるため、バグの修正や、要求の変更に伴う影響範囲や副作用の検討が十分に出来なくなります。これも、本人はやっているつもりですが、実際にそのような状況では、影響範囲について考えた範囲が記録されている分けでもなく、行為に「工夫」が入ってきませんし、「深さ」を感じさせることは殆どありません。“やっているつもり”なのです。

 その結果、あとになってバグとなって返ってくることになります。ひとつの作業が確実に終わっていないため、こうしてある意味での「リワーク」の種を蒔いてしまうのです。ただでさえ時間がないのに、こうなれば益々時間が足りなくなり、ひとつの事以外はすべて余計な作業に見えるため、次々と排除し、時間をかき集めるのですが、そのことがますます思考の範囲を狭くしてしまうのです。

 朝食をとらないことで、「午前中」の最高の時間を不用意の捨ててしまっているのです。人の活動も、他の動物と同じで、基本的には太陽の周期に影響されています。そのため、通常は、午後には活動は鈍ってくるのです。最高の「午前中」を活用できなかったため、その日の作業の能率は上がらず、結果的に時間が長くかかってしまいます。

  朝早く起きる工夫を

 イギリスの格言に「朝こそすべて」と言うのがあるそうです。朝の目覚めを大事にすることで、その日、1日がうまく運ぶということです。日本の「早起きは3文の得」というのも、同じことを言っているのでしょう。

 中国の曾国藩という人の言葉に、

  「黎明即起し、醒後霑恋する勿れ」(れいめいそっきし、せいごてんれんするなかれ)

と言うのがあります。空が白けだしたらすぐに起きなさい。目が覚めているのに寝床の中で、あと5分などと未練たらしくぐずぐずしてはいけない、という意味です。耳が痛いですね。古来、多くの人がこの曾国藩の言葉に挑戦してきました。特に「霑恋」に挑戦してきました。霑恋しないというのは、結構難しいかもしれません。しかしながらコツは簡単で躊躇しなければいいのです。ちょっとでも躊躇したら負けです。「起きようかな」なんて言葉を浮かべた途端に体が寝床に貼り付いてしまいます。

 昔の人が、この曾国藩の言葉に挑戦してきたのは、これを克服することで、いろんな意味で「自己」をコントロールする能力の獲得に繋がるからです。人生に遭遇するいろんな問題に挑戦できるような気になるのです。実際、朝の起きる時間を躊躇なく実行できたら、その瞬間からその日は「能動体」となります。思考が全て前向きに動きだし、行動もそれにつられて動きだすため、つぎつぎと物事が捗るのです。

 朝の起きる時間を変えただけで、考え方も変わってくるのは不思議です。人間が持っている本来の力を引き出せるのかも知れません。

  いいリズムこそ大事

 いい仕事をするには、1日の「いいリズム」が必要です。午前中の時間を最高に活用し、夜は早く終わって朝に備えることです。こうしたリズムを持つ人は、仕事が受け身になりにくいのです。

 ソフトウェアの開発作業は、間違いなく「知的活動」の筈です。顧客の要件や市場の要請を分析し、それを実現する方法を考え、間違いなくソースの形に変換し、確認の為のテストをする。こういった一連の作業は、たとえ分析・設計法を採用し、レベルの高いツールを使用するとしても、「力作業」ではありません。特にこれからはソースの変換は設計から自動生成されるでしょうから、ますます知的活動の度合いが高くなっていきます。同時に、そのことは、ソフトウェアの開発作業は、高いレベルで知的活動が出来る人しか耐えられなくなることを意味しています。

 朝食を含めた朝の時間の使い方、そして1日のリズムを大切にして、いい仕事をすることを心掛けなければ、その切符は手に入りません。

 仕事を大事にする人は、言い換えれば、自身の人生を大事にする人であり、それはとりもなおさず、1日を大事にする人です。私が、朝の弱い人と一緒に仕事をする気にはならないのはこのためです。

 21世紀に、ソフトウェアの開発に関わって社会に貢献しようと思っているエンジニアの皆さんは、このことをよく考えて行動して下さい。

 朝を大切に。朝こそすべてです!

 



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