金融ビッグバンを迎えて

(98/5/  掲載)


 いよいよ4月から金融ビッグバンの第1幕が開きました。最初は「改正外為法」の実施ということで、私たちの身には、直接は影響無いという人の方が多いと思われます。接点があるとすれば、資産の運用とか、海外への送金などの必要性を持っている人ぐらいかと思われます。

 しかしながら、この第一歩は、すでに産業界に影響を与え始めています。特に金融業界に於ては、“手数料”に頼った経営に確実にダメージを与えていますし、企業や人の流動化にともなって、新しい商品を作れない企業は、早晩、姿を消すことになるでしょう。金融業といえども「メーカー」であることが求められるのです。銀行も保険業界も、市場の求める商品を、「早さ」「安さ」「品質=安全」に提供できないければ残らないのです。しかも、独自性が必要です。自己主張が必要です。

 当然、そのほかの“ものを作っている”「メーカー」も、同じことが求められます。いや、より一層、強く求められます。今までは輸出企業を中心に、このような競争に晒されていたのですが、これからは、日本の市場に外国資本が入ってくるために、日本の国の中でも、おなじような競争が求められることになります。「国内産業」と思われていた業界も競争に晒されるのです。

 昨年後半に、シティバンクが、日本での口座不足が発生する懸念から、急遽コンピュータの性能をアップしたようですが、その際にインドから業者を呼んで仕上げているようです。これは一つの象徴的な出来事で、外国系の銀行のシステムは、日本のソフトメーカーには発注されない可能性があることが判明したわけです。おそらく、かれらの「基準」に合わないのでしょう。もし、「CMM」のレベル3以上の開発業者にしか発注できない規定があるとすれば、日本においても、それが適用されるのは当然です。そして、日本に適当なソフト開発業者がいないとすれば、たとえばバンガロールあたりの業者を連れてくるという選択は当然考えられることです。しかも、日本語の「GUI」が必要ないとすれば、選択は容易です。

 既に中国系のソフト開発業者が日本に進出していますし、これから外国資本の企業が日本に入ってくるのに合わせて、ソフト開発業者も後ろからついてくることになるでしょう。その結果、何が起きるかを想像することは、それほど難しくありません。

 すでに、公共事業で支えられ、競争とは縁が無い思われていたゼネコン業界も、石油会社の日本進出に伴って外国の建設関係のコンサルタント会社も入ってきており、その結果、ガソリンスタンドの建設費が、国内のゼネコンに発注した場合と比べて3割のコストダウンが計れると言う。実際の工事を請け負う業者は、ゼネコンの場合と同じだから、問題は「ゼネコン」の部分にあることが、これで判明したわけです。

 また、ソニーが資金の管理を、米系の2金融機関に集中させましたが、公表された情報では、暗号化技術など、幾つかの技術において、日本の金融機関の提示する仕様では要求を満たさないことが原因とされていますが、そこには、もっと重大な問題が読み取れます。それは、最初に顧客を付けてから開発するという姿勢です。これは日本では広く行なわれていることですが、その結果、「オーダーメード」か「イージーオーダー」な製品になってしまいます。「A社」向けに特化させたため、「B社」にはそのままでは使えません。いや、たとえ仕様的に「同じ」であっても、そのような体制で開発したものであることが明白なだけに、「B社」は、そのまま使用することを良しと為ないわけです。その結果「B社」向けのシステムを作ることになります。このような考え方は、世界には通用しません。

 本来、それをビジネスにしようというのなら、需要や必要を先読みして、必要かつ十分なシステムを先行して構築しなければなりません。顧客別に異なる部分は、簡単にパラメータ調整できるようなシステムにしておいて、その上で、狙った業界に売り込みを開始するわけです。アメリカの金融会社は、改正外為法に施行に合わせて必要なシステムを用意して来たのであり、ソニーの選択は、選択肢を世界に広げることで、これまでの(日本的)選択を否定したわけです。ソフト業界は、このことに気付かなければなりません。

 こうして、金融ビッグバンは、確実に私たちの回りに影響し始めているのです。純粋な国内産業と思われていた業界にも、「世界」の競争が持ち込まれているのです。ソフト開発を専業にする企業も、組み込み製品のように、自社の製品に組み込まれるソフトを開発する部門も、時間の早い、遅いはあっても、確実に競争に晒されるのです。「在るべき姿」を追及することが求められているのです。

 今までのように、どこを見ても同じようなもので選択肢がない状態の時は、消費者や顧客は、「そこにあるもの」で間に合わせていました。いや、それでも収まらないから、買い控えているのです。それが今日の不況の一端でもあるのです。この国は、その日の食事に困っているような国ではないのです。ただ、土地や住宅から、自動車や日常の雑貨類まで、実際には選択肢を行使する対象がないのです。これは明らかに、提供する側の「怠慢」です。

 金融ビッグバンは、消費者や顧客に「選択肢」をもたらすことになるでしょう。もし、そのような機会を提供する行為に制限が加えられれば、海外のプレーヤーは、さっさとこの国から引き上げてしまうだけです。そうなったら、まったく選択肢の無い社会に逆戻りしてしまうでしょう。つまり、私たちは、この「競争」を受け入れないかぎり、いや「歓迎」しない限り、新しい展開はないことになります。

 したがって、会社であれば、他社に対して優位な「何か」を持たない限り、また、個人であれば、他の人よりも優れた「点」(複数歓迎)を持たないかぎり、「競争」には残らなくなります。「競争」のルールも、これまでの「談合」的なルールではありません。接待を中心としたこれまでのやりかたでは、不必要にコストをアップさせ、双方とも競争に残らなくなりますし、一時的には売上が上がるように見えても、そのために本来の「企画力」や「技術力」だけでなく、「マネージメント力」までもが低下することになり、そのことがさらに「談合的ルール」への傾斜を促進することになるでしょう。

 すでにこのような体質に染まっている企業も多々あるかと思います。それらの企業は、今回の金融ビッグバンの幕開けとともに、窮地に立たされることになるでしょう。このページをご覧の、若いソフトウェア・エンジニアやマネージャーの皆さんは、たとえ国内市場を対象としているとしても、「世界」を意識し、「世界」に通用するビジョンを描いて下さい。「世界」に通用する「力」を付けて下さい。

 「今」身に付けている技術は、世界に通用するものか。

 「今」そこで行われている作業が、世界に通用するやり方か。

 「今」判断した方法や手順が、世界に通用するものか。

これを考えながら、確実に(あるいは着実に)答えを出していく企業や個人は、21世紀に活躍する機会を手に入れることでしょう。「金融ビッグバン」は、その始まりの合図でもあるのです。

 1998年5月

 「硬派のホームページ」主催者より